2008年9月25日 (木)

ホリデー

金曜日から二週間ホリデーになります。北島一周の旅に出てきます。以前、オークランドから一人で一日で南下した道を、友達と二人で北上します。パーマストンノース、タウポ、ロトルアで10日、その後はコロマンデル半島へ行く予定、そこからは行き当たりばったりな予定で柔軟に過ごす予定です。とはいえ、友達は車を持っておらず、しかもペーパードライバーで、車の運転は不得手なので、必然的に私が運転します。しかし、一人で越えてきた道を何日もかけて、二人で行くのでまぁいいですね。ホテル等の予約は彼女が全てしてくれています。英語ネイティブは強し。格安情報もゲットできました。ロトルアでは温泉とグルメ三昧、タウポでは湖や滝を楽しむレジャーが目白押しです。

春が来て、とても穏やかな日が続いています。日本の3月下旬から4月くらいの陽気です。風は強いですけど。皆は半そで、キャミソールですが、私はまだジャケットを着て、ブーツです。まだまだKIWIにはなれません。風は冷たいです。晴れの日には仕事帰りに海岸沿いのコースをドライブし、その後はしばしビーチを歩きます。それが毎日の楽しみです。

いよいよ三学期が終了し、とうとう四学期になってしまいます。13年生が卒業してしまうのはとてもとてもとても悲しい…。私の大好きなクラスです。あぁ、時間がとまってほしいと感じる今日この頃です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 7日 (日)

近況報告

 長いご無沙汰となっています。特に何かがあったわけではなく、ただ単にブログの更新がおっくうになってしまっただけです。月に一度報告書を書くだけでもういいかなぁという感じで、他のことにかまけていました。

 生活も仕事も順調で楽しく、できればウエリントンに永遠に住みたいくらいな気持ちです。この街がとても好きです。学校での仕事は本当に楽しいです。生徒はとても紳士で優しいし、先生方も良くしてくれます。時間の流れや空気の色が日本とは違って見えます。

 先日は同僚の特別なはからいで、ガバメントハウス(エリザベス女王に代わり、NZをおさめる総督府らしいです)に入ることができました。彼女の娘さんが給仕として働いており、契約が切れるので、今月で辞めるため、最後に家族で中に入っていいということになったそうで、私も家族の振りをして入れていただきました。他の職員からも「えー、いいなぁ。NZ人でも入ったことのある人はいないんだよ。学校の隣にあるけど、警備員がいるし、誰も中を見たことないんだよ。ラッキーだね。写真みせてね。」と言われました。以下一部です。

Img_0551

Img_0513

Img_0527 

 

 長い冬が終わり、9月になり春がやってきました。4月から続いた雨と低気温が少しましになってきています。とはいえ、まだまだ10度以下の日もあり、昨日は朝晩2度以下でした。風は相変わらず強いです。夏が待ち遠しいです。

 7月になって、イギリスから10年来の友人がやってきました。彼女はイギリス人でフランス語とドイツ語の教員免許があります。イギリスでもフランス語教員をしていましたが、私がウエリントンへ移動したのと同時にイギリスでの仕事を辞め、こちらに来るべく準備していました。6月の学年終了と共に、仕事を退職し、NZで一年間の臨時教員の職を求め、無事NZへやってきました。決断力と行動力には驚きます。まぁ言葉に不自由しないのはもちろん、親戚もNZ国内にたくさんいるようだし、大学や高校時代の友達も数人いるようなので、彼女にとっては、私が考える程のアドベンチャーではないのですよね。

 さすがネイティブは強し。イギリスの大卒資格、教員免許がそのままこちらでも使えます。ノンネイティブならこちらの教員免許を取り直す必要があるのに、うらやましい限りです。しかも一年間とはいえ、フルタイムで破格の待遇。ランゲージセクションのチーフとしての採用です。5年間のイギリスでの教員経験がそのまま活かせるのもうらやましいですね。彼女と行動するたびに、様々な場面であらためてネイティブの強みを思いさらされています。悔しいやらうらやましいやら…。まぁそう言っていても仕方ないですが。

 しばらく一緒に私の家で暮らしていたのですが、彼女の職場は市内から遠く、通勤片道二時間、二週間前に学校の近くに家を探し、引っ越したところです。先週は彼女の家でささやかにパーティをしました。しばらく一緒に暮らしていたので、また独りになって少し寂しくなってしまいました。高速を使えば空いた時間なら一時間で行き来できるので、結構ちょくちょく会えるんですけどね。しょっちゅう電話したり、メールしたり…気の知れた古い友人が来てくれたことで、さらに楽しくなりました。しかも彼女も長期滞在はしないつもりなので、お互いに旅行者気分でNZを楽しんでいます。オークランドよりは各段に日本人が少ないのですが、こちらに住んでいる方々とも知り合い、連絡をとったり、行き来したりしています。

 長い休みには二人で旅行に行く予定を考えています。おそらくクリスマスからお正月にかけての長い休みには、NZを脱出するか、少なくとも北島を出るかということを考えています。日本から家族も来るので、今から長い休みが楽しみになっています。

 そういう訳で、より一層楽しくやっています。ブログが途絶えて心配していただいたようですが、全く心配ご無用です。便りがないのはいい便りということで…。今後もブログ更新が滞ることの方が多いと思います。では。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月23日 (水)

 結構ご無沙汰しておりました。

 NZでは今週、来週と二週間ホリデーに入っています。一番長い一学期が終了しました。と言っても、日本の学期に比べたら随分短いですよね。ビバ四学期制。四学期で、学期末にはそれぞれ休みがあるわけですから、一つ一つの学期は相当短く感じてしまいます。しかも、年度末は一か月半も夏休みがあるわけで…、教員もそこはフルで休めるわけで…。日本の学校の様に「出勤日」はありません。「生徒が来ない日=休みの日」なのでね。日本ももうすぐ黄金週間ですね。←こちらの生徒がよく使います。happy01

 来るはずの家族が急に多忙になったため、予定がキャンセルされ、またしても一人でのんびりと過ごすことになっているのですが、それはそれでいいなと思えています。ここのところは忙しくて家の掃除とか車の洗車とかも滞りがちであったので、まずはその辺を片づけ終えたところです。お風呂のパイプの調子が悪くて、明日は水道業者の方が来てくれることになっています。鍵を預けて出かけるように言われています。だから明日はウエリントンのシティへお出かけする予定です。こうでもしないと出かける用事がありません。お家の居心地が良すぎます。晩秋で寒くなったため、面倒なだけかも…。

 こちらではすでに気温が10度を下回る日が増えています。日本の気温を見ると、すでに20度超えをしているようですね。こちらは今朝晩は窓が曇ります。寒がりな私にはもうすでに耐えられないくらいの寒さです。暖房をつけ、湯たんぽを使っています。(しかも二個)湯たんぽってすごいレトロなんですけど、こちらでは結構売っています。初めて使いましたが、日本へ買って帰りたいくらいです。日本では買えないですよね?家が古く、広いので温まるのに相当な時間とエネルギーが必要です。電気代が月$300(¥25、000くらい?)を超えています。7月からの冬はどうなってしまうのでしょう。

 それから、こちらに来てパンやお菓子を焼くようになり、腕もかなり上達しました。大きな本格的なオーブンがあるおかげです。先週までは、同僚から「時間があったら、パンを焼いてきて~。」と言われたりして、張り切っていたのですが、独りになった今は、張り合いがなくなりめっきり作らなくなっています。作っても余るし、同じものを食べるのが嫌なのです。それでも、ご飯は毎食作りますが、それもやはり同じような材料で、同じようなものを食べているような状態です。海外のスーパーは、一つ一つの物の単位が大きいので、ベーコンを一度開けたら、一週間食べてもまだある…みたいな状態です。いくら好きなものでも結構飽きてきます。(煮豆や…の「海外続け食い」参照→勝手にリンク…嘘)

 とにかく、のんびりとしています。旅行で来るのとは違ったNZを感じていると思います。

 日本の元同僚からメールが来たり、ブログを読んだりしていると、日本の職場の忙しさや慌ただしさが伝わってきます。そんな雰囲気を感じるにつけ、私の今の生活とは…なんだか現実的・実際的ではないなぁと思ってしまいます。かと言って空想の世界でもないのですが…。やけに現実味が薄いというか、足場?土台?がないように感じます。そもそもこの土地で先を見越した生活をする必要がないのが大きな原因なのでしょうか。いつもなんだか実感がない…そんな気がしています。

 こちらでの勤務はまるで新人教師をやり直しているかのようです。生徒や同僚、世間からも実年齢よりもかなり下に思われているせいもあるでしょうし、職場での扱いもアシスタント、新人というせいもあるのでしょうか。とにかく「大卒ピカピカ」くらいな扱いなのです。それはある意味ではとても新鮮で心地よく、ある意味ではとてもじれったい、苛立ちを感じることでもあります。本当はそれを楽しむくらいの力量が必要なのだろうと、反省もしているのですけれど。

 以前、「あー今の経験と知識を持って、大学生卒業あたりからやり直してみたいなぁ。」なんてことを願ったこともありましたが、今はまさにそんな扱いをされています。しかし、それは想像していたよりもいいものではないと感じます。今までの経験や知識(と言っても、微々たるものなので、お恥ずかしいくらいですが)は、全くあてにされないばかりか、「わかってないのに、若造が何生意気言っているんだ。」的な雰囲気を醸し出されてしまいます。職場以外で会った人でさえも「もっと大人になってからでいいのよ。」などと言われることもあります。相手には全く悪意も意図も、意識さえないかもしれませんが、自分では変に苦しい部分ではあります。まぁ、自分の中に、未熟で、浅いながらもそれなりの「歴史」を感じた瞬間でもありますが…。そういうギャップを逆に楽しめるような自分になりたいと思います。

 それはそうと、先日生徒から「コンタクトレンズしてるんですね。瞳が本当は薄い茶色なんですね。睫毛は黒くて長いんですね。」と言われました。これはなかなか衝撃的(笑激的ではないですよ。)でしたよ。だって、そのぐらいよく見られているということではないですか!?ガン見しすぎですよ。そもそもこちらの人達は、なんの躊躇もなく、人の目や顔を長時間見ますね。授業中話す時はものすごく緊張します。なかなか慣れません。人がコンタクトをしているかどうかを識別するくらいまで、目をのぞきこんだことがありますか!?私はありません。その日以来、生徒達の視線が今まで以上に痛く突き刺さります。恐ろしい。気が抜けないとはこのことですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月16日 (水)

CM

 昨日は、ILANZ(NZ教育省の出先機関で私のコーディネーター)に行って、現況についての報告と、新しい日本語アドバイザーの方への挨拶をしてきました。ウエリントン市内の近い場所にオフィスがあるのに、意外と忙しくていけないものなのです。今回やっと時間がとれました。

 担当コーディネーターのJさんと近況を話し、日本語アドバイザーのTさんとお会いしたところ、「今日は国際文化フォーラムの方がいらっしゃって、ワークショップをするので、時間があったら参加したら?」と言われ、喜んで参加させていただきました。ウエリントンの学校の日本語担当の先生が数人参加されていました。勤務校以外の先生方と話す機会はほとんどないので、とても新鮮で楽しい時間を過ごしました。こちらで教えている日本人の日本語の先生もお二人いらっしゃっていました。現在は、一学期末の最終週で、テスト期間でもあるので、参加者が少なめだったのがやや残念でした。

 18期の皆さん、REX研修で講義を担当していただいた国際フォーラムのM中さんを覚えていらっしゃいますか?「つながーる」というサイトの話をしていただいた…と言った方がわかりやすいかもしれません。あの頃は、怒涛の講義つくしで、豪華な講師陣を覚える余裕がありませんでしたよね。そのMさんがいらっしゃって、NZの先生方にも「つながーる」を活用してもらえるように、使い方の講習をされました。内容は外大研修の時と同じようにPCを使って、利用者の方の書き込みやサイトの運営について、安全性について等を詳しく説明していらっしゃいました。

 外大での講義と内容はほぼ同じだったかも知れませんが、あの時に漠然としたイメージで聞くのと、今のこの日本語教育情報に餓えた状態で聞くのは全く違っていました。一つ一つの話がすっと耳に入ってきて、「あぁそうだ、こんなことにも使えそう。Jくんに紹介したらいいかも。」等とアイデアも具体的に浮かんできました。「つながーる」よさそうですね。登録者が増えれば増えるほど、サイトが充実してくると思いますので、もしも忘れてしまっていたら、再び「つながーる」を思い出してみる価値がありそうです。I学園のK上さんも使えそうですよ。国際文化フォーラムhttp://www.tjf.or.jp/

 それはさておき、今回国際文化フォーラムのM中さんにお会いして聞いた話では、ほぼ一か月をかけて、オーストラリアやNZのあちこちを巡り、この宣伝活動をしているとのことでした。大変なお仕事ですが、ご本人はとても生き生きとして楽しそうにしていらっしゃったのが印象的でした。うらやましいなぁ。なんだか私も刺激を受けました。私も何かしたい。今の様な変化のある生活が途切れてしまったら…、何を楽しみに、どう生きていこう。

 あと一年後の自分の生活に、様々な妄想や願望をめぐらせ、昨夜は眠れませんでした。 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月 6日 (日)

シンデレラ、その後

 NZで暮らして半年が過ぎ、今やっと現実の生活を実感している。思えばこの半年間は、シンデレラの物語のようでもあった。

 どういうことかと言うと…結構理不尽な苦労もし、なんだかよくわからないうちに夢のような変化が自分の身に起こった。苦境から抜け出して(助け出してもらい)、それまでの生活では考えられないような幸せな環境に身を置けるようになった。少なくとも、オークランドを脱出することが決まった頃は、本当に夢のようで、現実味がなかったし、今の生活も想像できなかった。半年間ずっと、何をするにも躊躇して、恐れて、とにかく自分が自分でないような気がしていた。そしてそれは、幸せな環境に移ってからもしばらくは続いた。あえて言えば、幸せな環境へ移ってからの方が、それまでの経験からくる不信感や猜疑心からか、自分自身のその後が不安でたまらなかった。きっと王子様のお城へ連れていかれた後のシンデレラはそんな不安を感じただろうなと勝手に共感。

 今、私は確実にNZ生活に適応していると感じる。車に乗っている時、家にいる時、スーパーで買い物している時…独りで何かをしている時には、全く外国にいるという実感がない。独りなんだから、当たり前なのだけれど、テレビとか道を行く人とかスーパーの品ぞろえとか…あらゆるものに慣れてきたのだと思う。そして、心地よく思えてきたのだと思う。それまでは、無意識ではあるけれど、見る物すべてに違和感、警戒心を感じて暮らしてきたことがよくわかった。要するに今は普通の生活ができるようになったということだろうか。本当にごく普通の生活。必要ならば、ずっとこの生活を続けることも苦ではない。

 そんな中で色々と感じたことがある。一つは、「幸せというのは、不幸な時に思い出して初めて気づくもの」だということ。幸せであることは、普段は当たり前に思って意識しないけれど、不幸な時、大変な時には過去の良かった日々が走馬灯のように回帰する。不思議とそれはどこにでもある日常の幸せだった。幸せな時は全くそれが見えない。昼間に星が見えないのと同じだなぁと感じたりもしていた。

 もう一つ、過去に目を向けると、「自分のできなかった事実」「後悔」ばかりが思い出され、常に自分につきまとう。過ぎたことはどうしようもないのに、頭から離れない。そして、これから先の未来を思う時、新たなる不幸を勝手に予測して、まだ起こってもいない不幸や不可能を心配してしまう。まさに悩みエンドレスの悪循環である。ある日、ばかばかしくなって、精神的にも辛くなってきたので、心配することをやめた。正確にはやめようとしたのかもしれない。前を向いて、未来には期待しかせずに、今を生きるようにしてみた。そうしたら、すごく気持ちが軽くなって、楽観的になって、「できる」「できそう」なことが次々と見えてきた気がした。だから、前の記事にも書いたように、今を大切に生きたいと思った。

 全てが私の心の葛藤なのだけれど、未来に向き合う方法ー「心配」と「期待」どっちをとるかと言ったら、「期待」を取った方がいいなと感じたのだ。そして、何か少しでも、自分の中で変化を感じると、面白いほど、物事が回りだした。それは本当に驚くほど順調に…。誤解を招くかもしれないが、私の周りで起こっていることは、私にとっては、全て私が中心だ。良いことも悪いことも、私が原因となり、回っている(ように自分では感じる)。そして、それは真実でもある。

 私にとっての私の人生は主人公=私である。どんなシナリオも描けるし、演じ方も色々。配られたカードは皆それぞれだけれど、作戦によっては、どんなカードも生かせるし、殺しもできる。手を誤ったら、同じ手を二度と使わない様に注意し、うまくいったら、それを応用することもできる。気持ちの持ち方で、景色も違った色に見える。私の心と周囲の状況は表裏一体である。気持ち次第で何とでもなる。そんなことを感じてしまった。そんなこと、他の人はとっくに気づいていたことかもしれないけれど、遅ればせながら私も…。

 今までは自分の周囲の状況やNZという国から「何かを得よう。」とばかり考えていたけれど、生徒達やホストの先生の優しさにふれるにつけ、「何かをしよう。」という気持ちが強くなってきた。求めるばかりでなく、与えられるものは全て与える方へシフトしていけたらいいなと感じている。大げさなものではなく、「笑顔」とか「言葉」でもなんでもいい。

NZでは秋に向かっていて、しかも年度替りでも何でもなく、こんな心境の変化を感じる機会はないはずなのに、体内時計の影響なのか、4月は新たなスタートを切りたいという欲求に駆られてしまう。これから約一年、こういう心境で迎えられたことが単純にうれしい。

 NZは今朝の2時に夏時間が終了し、通常の時間に戻りました。冬の気配を感じます。日本との時差が3時間になったので、家族との連絡もとりやすくなります。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月 4日 (金)

授業

 今週は、生徒達の愚痴に付き合った一週間だった気がしています。とにかくNZ男子はおしゃべり君が多いなぁと感じます。あぁ、でも、日本の高校生も同じだったかな、I工では。

 私も三か月目となり、ようやく若葉マークを外していただけたようで、なんとなく馴染んだ感があるようです。生徒達から「NZと日本どっちが好きですか?」「帰りたいですか?」「NZは好きですか?」といった対ゲスト的な質問から、「NZの学校についてどう思いますか?」「先生は授業についてどう感じますか?」「今の自分の立場に不満はないですか?」「日本ではどんな授業をしていましたか?」等に変わってきました。恐らく、私自身が順応してきたと感じている気持ちが生徒達にも伝わるのでしょう。余裕が出てきたなというような。

 前任校の時もそうでしたが、ウエリントンの生徒達も私が授業でアクティビティをしたり、パワーポイントで授業をしたり、ハンドアウトを作ったりして、任せてもらえる授業では、終りに拍手をしたり、お礼を言ったりしてくれます。ものすごく恥ずかしいです。最初のうちは、この拍手に慣れられず、しかも「なんだよぉ、お客じゃないよぅ。私もこの学校の一員として扱ってくれよぅ。」等と感じて、ちょっぴり落ち込んだりもしたのですが…。今はすっかりと図々しくなってしまい、「なんだ~今日のはうけがよかったなぁ。」とか「トークがいまいちだったなぁ。」等と、芸人ばりの反省をしてしまうようになりました。

 でも、こういうのは日本ではないことだったので、本当はすごくうれしいし、温かいと感じます。その後にものすごくたくさんコメントを述べてくれるのですが、それがまた結構好意的に気を使ってくれるので、ますます恐縮してしまいます。彼らは紳士的で、大人です。時々は、私の方が「勉強させていただきます。胸をかりるつもりでお願いします。」という気持ちになってしまいます。ホストのJ先生も大変喜んでくださいます。そこがまたすごく温かいです。以前の学校では、生徒の人気を奪ったように思われて、嫉妬の的になってしまった苦い経験もあります。言語学習者なら、誰でもネイティブから習いたいですよね。だからNOV○のキャッチコピーも「講師は全員外国人」とかでしたよね。それはもうすごいセールスポイントです。だから、ネイティブがきたというだけで喜んでもらえるのでしょうけれども、受け入れた側にしてみると美味しいところ取りな感じもするのでしょうね。

 以前の記事にも書いたのですが、こちらの日本語授業は訳読の形式で進めることも多いし、講義形式です。生徒中心の…とかはあまり意識にないのが現状です。口頭での練習も少なめ。こちらの先生達によると、生徒達の質も変化し、「我慢がきかなくなった。集中力がなくなった。家庭学習をしなくなった。」となっているので、従来の進め方では、ついていけない生徒がでてきています。改善が必要なところもありそうです。色々な教材を用意し、工夫をしていますが、ふと、アシスタントの分際でどこまでやっていいものなのかとブレーキをかけてしまうこともあります。あくまでも主担当はJ先生です。自分の授業ではないのです。その塩梅が難しいです。特に主担当ではないこの立場は辛い。ALTの人達の苦労がわかります。

 ベテランのJ先生はPCが苦手だそうです。そうなるとパワーポイントとか、動画とか、教材作成も大変ですね。なんと10年前のREXの先生が作った教材を使いまわしたり、1980年あたりの教材を使っていたりもします。例文に登場するのが、CDじゃなくて、レコードだったりするんですけどね。そこを現代っ子の生徒達がなんだかんだと言うのです。「CDどころかもう今はi-podだぞ。」みたいなことです(実際の不満の内容はちょっと違いますけどね)。J先生はとても素敵な方で、経験も長いし、日本語教育界では先駆者的な存在です。文法なんかは私よりも詳しい気がしています。

 アシスタントとしても、お世話になっている身としても、そういうJ先生の素晴らしさをまだまだ未熟者の若造達には伝えていかなくてはなりません。その上、新参者の私が出しゃばってパワーポイント等で授業をして、生徒達の反応がいいような雰囲気にもなってしまう。でも、文法の説明とかドリルが必要なこともあるだろうし、何よりも国家統一試験のNCEAの詳細やレベル、カリキュラム、シラバスはまだまだよくわかりません。J先生の偉大さを感じて一緒に仕事をしているからこそ、生徒達が失礼な態度をとったり、不満を言うような場面では、悩んでしまいます。うまくやっていけるように知恵を絞ろう。

 まぁとにかく、自分も適応しつつ、相手からも受け入れてもらえた感じです。学校内を歩いていると、日本語授業の生徒達が恥ずかしそうに手を振ったり、声をかけてくれます。日本語を選択する生徒達(特にSenior)はどうしてこうもシャイなんだろう。それに比べて、全く知らない生徒達も頻繁に声をかけてきます。彼らはどうしてこうも物おじしないで、根掘り葉掘り聞くことができるんだろう。日本語授業で知っている生徒達を押しのけて、行く手をさえぎるように数人で囲んできます。負けるな、日本語学習者、頑張れ!!という感じです。でも、私としては、やはり日本語選択してくれた生徒達が、照れながら小さく手を振ってくれる姿が、謙虚で爽やかで素敵に見えるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月30日 (日)

桜咲く

 北半球の方々は長い冬が終わり、段々と春に向かっているようですね。REXの方々のブログにも、なんとなく身も心も軽くなっていくような雰囲気が感じられます。うらやましい。サマータイムに入るところもちらほらと…。反対に南半球は逆に秋から冬へと向かっていきます。なんとなく寂しい季節の到来です。NZではサマータイムは従来よりも長く、4月6日に終了する予定です。

 ネットニュースを見ていると、「沼田公園桜祭り」という見出しを見つけ、懐かしい気持ちになりました。沼田公園の桜はとても美しく、幻想的です。沼田での勤務の最後の年には、女子部で、寒空の下、BBQをしたのを思い出します。途中で炭がなくなり、買いに走ったり。もう5年以上前のことになるんだなぁ~と感慨深く…。N女も楽しかった。

 日本では年度替りとなり、桜の便りとともに、異動の話も聞こえてきました。私の置籍校でも異動の発表があったようでした。帰国後また一緒に仕事をしたいなぁと思っていたK先生が「悪い。待てなかったよ。転勤です。」とメールをくれました。落胆で泣きそうになりました。昨年度に続き、同じ学年で一緒だった戦友とも言うべき、素敵な先輩がまた一人去ってしまいます。一年しか経っていないのに、遥か昔の出来事のようです。科務室でコーヒー飲んで話すのがとても楽しかったのに…。最後に会った日のことを思い出します。

 昨年度、担任クラスの生徒達が卒業し、素敵な同僚達が異動し、とても寂しく感じました。しかし、自分自身も感慨に浸る間もなく、慌ただしい日々を過ごしてきたので、今になり、ふと懐かしく色々な場面を思い出します。とてもいい時間を過ごしました。

 とても冷酷な響きかも知れませんが、誤解を恐れずに言うならば、それでも私は今が一番充実していると思います。…思うことにします。どんなにいい生徒達、どんなに素晴らしい同僚が過去にいたとしても、それはそれ。過去に戻ることはできません。今の、目の前の人達ともっといい関係を築いていければそれが一番いいのだと思っています。過去が最高と思いたくはありません。それ以上を求めていかなければ、私にとっては意味がないのです。常に前進して行きたい、もっといいものを築いていきたいと思っています。「あぁ、あれ以上の生徒達には巡り合えないなぁ。」などと考えて、今の生徒達に接したくないと思っています。そうじゃないと望みがない気がしています。

 私は今を生きたいと思います。色々ないい人達と出会えたので、今の私があります。これからも、またいい人達とも出会えると思います。だからと言って、過去に出会った人達が薄れていくわけでもありません。でも、そこに縛られて前進していかない自分が許せません。比べたりしたくもないし、現状を嘆きたくもありません。だから、今を生きたいし、これからにもっともっと期待していきたいと思います。

 様々な方々からメールをいただきました。私も元気でやっています。ありがとうございます。いつかまた、ご一緒できる日を楽しみにしています。その時は、あの時よりももっとバージョンアップしているつもりです。楽しみにしていてください。(自分でハードルを上げましたが…。)coldsweats01

 NZでは、桜を見ずに春を過ごしました。来年の今頃、私は日本で、桜を見て、さらに何か新しい気持ちを感じているはずです。新生活、頑張っていきましょう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年3月28日 (金)

言語習得の早道

 NZの学校へ赴任して、興味深く感じたのは、どこの国でも、どの言語の授業でも、テスト対策を中心に考えた授業は同じようなものである。つまり、「ここテストに出るよ。覚えよう。」「この文法は大事だからね。覚えよう。」「語彙を増やそう。」というものが中心なのである。日本では、(私の少ない経験の中で恐縮であるが)いわゆる進学校で、受験を視野に入れて授業を組み立てると、このような形式になることが多い。授業も教師からの説明が多い講義形式である。「口頭で、ドリルやアクティビティを中心とした授業もしてみたい。」等とアシスタントのネイティブスピーカー(つまり今の私はこの立場であるけれど)が言った時には、「生徒達がうるさくなるから。」「言っただけでは身に付かないから。」「テストでは読み書きが中心だから。」と言うセリフまで同じなのだ。おもしろい。

 英語圏の、海外の学校は「Student Centred-生徒中心」の授業が多いと考えていたのは、ステレオタイプ以外の何物でもなかった。今の学校の、少なくとも50年近く日本語を教えているJ先生がそうしているのだから、他にもこういう方は少なくないだろう。以前の学校の先生もそういうことがあった。生徒達の「我慢の限界」とツールを使いこなす技術があったために、パワーポイント等を使ったりはしていたが、説明し、問題を解かせることは変わりなかった。特出すべきは、意外にも「訳読形式」の授業が多いという点だろう。(これがいいか悪いかは賛否両論だと思う。)

 日本での英語教師の時には、この「訳読式」を「Old Method」等と言ったり、まさに「訳毒」と考えたりするような風潮もあったし、「生徒中心の授業」「アウトプットさせる授業」等の見出しで研修が組まれることが多かった。「Practicalな授業」「実践的な授業」等とも言われた。…とここまで書いて、過去形で書いていいものか迷うくらいに。恐らく今も。

 義務教育(小、中)の英語の先生達はそのあたりの切り替えが素晴らしく、しかも徹底して「Comunicativeな授業」を目指しているような話をきいたが、高校ではそれが教師の資質とか考え方とか教育方針とか、学校の雰囲気とか…(軽めな表現にしましたが察していただいて…)諸々に任されていることもあるので、本当にそれぞれである。NZでもそういった感じである。

 単純に、日本語の授業で、しかもここはNZなのにもかかわらず、日本での英語の授業と、似たり寄ったりな点が興味深いと思ったのである。そして様々な言語の授業があって、生徒達の能力や反応も、先生のキャラも、本当に十人十色であるにも関わらず、究極につきつめていくと、「根本的には、言語の授業って、展開のレパートリーが少ないのかも。」等と感じてしまってもいる。

 矛盾するようなのだが、同じような展開の中でも、それでも味付けを工夫していくしかない。「栄養をとるために野菜を食べなくてはならない。ピーマンだけだと苦しいけど、お肉と一緒に炒めてみるか…。いやハンバーグに入れてしまうか。」等と。やはり目の前の生徒達には何らかの学習目的や要求があって、それに合致する授業が一番いい授業ということなのだろう。それには旬(タイミング)があるし、相手の好みも、学習の目的も視野に入れなくてはならない。未だに私には、正解がどれなのかもわからない。常にチャレンジだ。英語の授業も日本語の授業も。

 ただ、アシスタントという立場の今に限って言えることは、主担当の先生のやり方を尊重しつつ、自分の入る隙間を探すことだろう。とにかく飽きさせないで授業をこなすこと。文法の説明の後や練習問題の合間にそれを使わせること。そう会話。生徒達に既習の事項を使ってもらうよう水を向けていくことである。口頭ドリル、口頭演習。しかし、定着が大切である。

 こちらの生徒達に対して、言語学習者としても教師としても、特に感心・尊敬することーそれは「習ったことを実践的に使ってみる。」ということである。日本で英語を教えている時の生徒達、または自分とあきらかに違うのはその点である。間違いなんて、そんなの関係ない。とにかく「使ってみたい」のだ。それがとても素晴らしいと感じる。これは教える側としては好機である。

 「ジョー君は恵子さんほどはやくおよぐことができません。」これを学習した今日、13年生(17歳)の生徒達は、「サムはザックほどつよくキックすることができません。」「ハリーはジョンほど漢字をしりません。」等と自分達のことについておしゃべりしていた。「してもいいです。」「してはいけません。」を学習後の12年生(16歳)は、「ねこをたべてはいけません。」「サンドイッチをたべてもいいです。」等とお互いにふざけながら話していた。「消しゴム」を習ったばかりの9年生(13歳)は消しゴムを使う度に、飽きもせず「けしゴム!!」と言っていた。

 この「とりあえず使ってみる」ということこそ、言語習得の早道であると私は思う。それと同時に、この「使ってみる」という気持は「言ってみたい。言語を使いこなしたい。」という欲求の表れであり、「積極性」、つまり「やる気」の問題であるとも言えるのだなと感じた。

 私も最近では、スラングや初めて聞く言葉をとりあえず真似る癖がついてきた。まずはTV等で得たものを、職員室等での会話では積極的に使ってみるようにしている。前よりも、もっともっと意識して。教科書では出てこない言葉が多いので楽しい。

 普段私が話す言葉は、丁寧すぎるようなので、生徒が「Oh,man!!」等と呟いたら、すかさず何も知らないような顔をして繰り返す。それがBad Wordだと知っていても、素知らぬ顔で。生徒が慌てて「Miss, This is not a good word for you. Sorry.」等と言う。それも楽しい。「Oh, sorry! What is the meaning of the word?」等としらばっくれて困らせたりもする。最近では通用しなくなってきたけれど…。「知ってて聞いてるぞ。」みたいな。またはさらなる下品な言葉を教えてくれようとしたりもするので、その時はカミングアウトしてみたり。

 楽しい毎日である。生徒達から学ぶことは多い。そして、日本にいる時と違い、自分自身が現実生活の中で、英語学習者でいられることも幸いして、授業を教師という立場と同時にリアル学習者の目線で、客観的に見られるような気がしている。生徒と共通の悩みを共有し、ある意味では同志のような存在でもある。

 業務連絡:A先生、今回のこの記事の内容と似通ったものを

        月例レポに書きますが、できれば見逃してください。

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年3月25日 (火)

大草原の小さな家…雑感

 今日でイースターホリデーが終了します。特に何もやることを決めずに、のんびりと家で過ごしました。ウエリントンへ引っ越して以来、ずっと慌ただしくて、こういう休みも貴重な気がしました。イースターホリデーは長くて、おまけに街全体が休みに入り閑散としていたため、家でDVDや映画を観ました。結構ベタな選択かなと思いました。やはりNZでもアメリカの映画・ドラマが中心です。英語圏だから、日本よりも自国生産ものが少ないです。人々からは、有名な作家でさえもキャサリン・マンスフィールドしか出てこないし…。

「Notting Hill http://en.wikipedia.org/wiki/Notting_Hill_(film)」

「Bruce Almighty http://en.wikipedia.org/wiki/Bruce_Almighty

「50 First Dates http://en.wikipedia.org/wiki/50_First_Dates

「大草原の小さな家(2005年リメイク版)http://www.wowow.co.jp/drama/little_house/

 レンタルショップの品数がびっくりするほど充実していなかったので、そういう意味では、結構選ぶのに大変でした。どれもまぁまぁだったのですが、最後の「大草原の小さな家」はとてもよかったなぁと感じました。ネットで調べていると、以前NHKでもやっていたようで、その時のものと、私が観たものは違うようでした。私が観たのはリメイク版です。三部構成になっていました。

 この映画を観ていて、改めて「アメリカ人と銃」について考えさせられました。お父さんであるチャーリーが森へ出かける時、友人の家へ行く時、町へ出かける時…常に銃を携帯しています。印象深いのは、町中で知らない人とすれ違う場面、初めての店に入る場面、人ごみの中を通り過ぎる場面…そういう少し緊張する場面では、チャーリーは、必ず肩にかけた猟銃を確認し、しっかりと握ります。

 また、長い外出のため、父親がいなくなる際には、母親にも拳銃を渡します。何かあった時には護身用に携帯するように言います。チャーリーが町へ行っていない夜には、母親のキャロラインがオオカミや先住民、外敵から家族を守るようにするためです。ここでも、獣の鳴き声、馬の足音が聞こえる度に、キャロラインが銃を確認し、握り締めています。

 豊かな自然に囲まれ、野生動物や先住民との苦難もありながら、家族でつつましく生きていくストーリーではありますが、私には「銃社会アメリカ」のある意味での原点を観たような気がしてしましました。「銃を持つことの安心感。」…私にはない感覚です。「銃を持つことで、身を護る。」古く開拓時代から、こういう習慣を持ちながら暮らしてきたアメリカ人。その歴史は深いのだと改めて感じます。

 思えば、私もアメリカにいたことがあります。私のホストファミリーも銃を持っていました。「自分の身を護る当然の手段。」と言っていたのを思い出します。日本人留学生が射殺された事件以来、学生による学校での銃乱射事件が起こると、その度に日本でもアメリカの銃規制を求める報道がなされています。確かに銃を所持することに賛否両論あると思いますが、様々な歴史的背景から、日本人の私が感じる感覚と、アメリカの人達が感じる感覚は全く違うのかもしれないと思います。自分の身が危険だと思えば思うほど、ますます個人の銃所有率は上がるのが現実。まさに悪循環なのだろうと感じます。

 そういう意味では、日本や今いるNZのように、一般的に銃規制がなされている国は、やはり安全だと言えるかもしれません。そこで暮らす国民が「護身用に銃を持つ。」という危機意識を持たずに済んでいるのですから。「銃を持つ安心感。」この感覚の違いはなかなか奥が深そうです。「銃があるから危険」なのか「銃があるから安全」なのか…。

 最近時間があると、「英語タウン」というサイトの「アメリカン・カルチャー」のページを見ていたので、なおさらそんなことを感じたのだろうと思うのです。http://www.eigotown.com/eigocollege/marie_english/marie_english_back.shtml

 外大の研修もそうですが、アメリカン・カルチャーについてのサイトや書籍等沢山あり、情報も多いです。NZについての情報も(観光以外の社会的、歴史的なもの)これだけ多ければ…とうらやましく感じています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年3月17日 (月)

NZ バス~Stagecoach

 今日はかねてより申し込んでいた車検の日。製造3年以上の中古車は、車検は半年に一回やってきます。(それ以下は1年ごとの車検で書類提出のみ。)家の近くの車検場に車を乗り入れ、学校へはバスで通勤しました。

 ウエリントンやオークランドの中心部は、駐車場が少なく、値段が高いため、電車やバスで通勤通学する人が多いです。特にウエリントンは公共交通機関が発達し、かなり多くの方々が電車やバスを利用しています。いつもはバス停で待っている人を横目に、車で通勤する私ですが、今日は初バスでした。月曜日の今日は、一時間目が空き時間だったため、朝会を免除していただきました。通勤ラッシュど真ん中は避けられてよかった~。ちょっと空いた8時半くらいのバスに乗れました。

 NZのバスはこんな感じです。Stagecoachと呼ばれています。小心者ゆえ、バスの画像は撮れませんでした。写真はWikipediaよりお借りしました。

 A Stagecoach bus (2006 livery) on Queen Street, Auckland, followed by a Link bus.

 バスは、ほぼ時刻表通りにきます。私の利用ラインは、10分から15分に一本くらいの割合で出ています。私の住んでいるIsland Bayは、バスを利用するにもとても便利な場所です。バスルートに大きな病院やNew Townと呼ばれる新しい街があり、ウエリントン市内中心部を終点に、途中コートニィプレイスやラムトンキーといったショッピング街も通ります。私の学校は家から終点までのちょうど中心にあります。朝の通勤時には、ほとんど座れないくらいです。とても混んでいます。スクールバスは別なので、おもに大人しか乗りませんが、それでも始発場所から3つ目以後のバス停からは、もう座れないくらいです。

Img_comcophoto

 

  市内では、色々な場所から、こんな風に次々とやってきます。

Img_wrcsign2

こんなバス停です。場所によっては、もっと沢山ラインがあり、Metlink_logo

このロゴとともに、数本の行き先が表示されています。

 

 このステージコーチバスは前払いです。日本のバスのように、前から乗り、運転手さんに行先を告げると、値段を教えてくれます。(1ステージの区間が決まっていて、そこまでは1ドル25セント、2ステージだといくら…というようになっているようです。ちなみに私は今日2ステージで、2ドル50セントでした。)お金を払うと、チケットを切ってくれます。バス停の名前は基本的に定まっていないようなので、通りの名前や、建物を目印に、自分の降りたいバス停を告げます。ここで、運転手さんと軽いおしゃべりが弾みます。私が乗るのは、始発の次のバス停なので、まだ混雑は下火。

 降りるときは、ブザーを鳴らします。それが、ボタン式ではなく(ボタン式と言えるのかも??)ともかく、ボタンは見当たりません。窓枠の上あたりにある黒い帯状の部分に触ると、それが反応して、バス停で止まってくれます。(うまく表現できません。)基本は日本バスと同じようなものです。

 往きも帰りもどちらもまぁまぁの混雑でした。どちらも座れたし。運転手さんが陽気で、親切!!お年寄りや病人、けが人らしき人が乗り降りする時に、運転席からわざわざ降りて、バス停のベンチから乗せてあげたり、降りる時も、乗ってくる人を制止し、真っ先に降りて、手を差し伸べたり…。日常そうしているのが当たり前のように、機敏に、運転席から乗り降りしていました。そして、よくしゃべっていました。乗り降りの際にも、挨拶が飛び交います。結構バス通勤もいいなぁと感じました。そして、相変わらず私は、運転手さん以外にも、色々な人によく話しかけられました。「そのバッグどこで買ったの?」「今日はどこへ行くの?」等など。

 Metlink(http://www.metlink.org.nz/section10.php)は、ウエリントン市内のバス、フェリー、電車の公共交通機関をまとめたものなのですが、Metlink_logo_2

これを見ると、いつも東京メトロを思い出してしまいます。規模は全然違いますが、NZの交通機関の中では、ウエリントンのこのリンクが、最もきちんと機能しているものだそうです。時間も守られており、サービスもきちんとしています。時間通りに来るのは、日本では当たり前ですが、NZでも!!意外と言ったら、失礼かしら…。でも、行き届いたサービスに感動!!

 そして、車検も無事通り、車検台の50ドルですんでよかったです。検査は日本の車検程厳しくありません。でも、半年に一回だから…。オイル交換は検査項目になく、後で別に予約しなければいけないと聞いて、ちょっぴりショック。二度手間でした。でも、4月の学期末休みになったら、予約をして、半日もすればできそうなので一安心。

 来週からは、イースターホリデーで、金曜から火曜まで5連休です。しかし、家族もいないし、同僚は皆家族サービスで旅行や帰省…。あぁ家庭最優先の国、NZ。旅行するにも、完全に出遅れて、チケットもとれません。クリスマス同様、店も閉まるそうなので、シティに買い物にも行けないし…。日本から送ってもらったDVDを見たり、ネットで時間を潰してやり過ごすしかないかなぁ。こちらに来て、時間はあるけれど、一緒に過ごす家族も、友人も日本。日本でこの休みの多さだったら、色々な所へ行ったり、色々な楽しみ方ができるのに…。残念。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«NZスイーツ事情